添田孝史氏の著書「東電原発事故 10年で明らかになったこと」を読みました
3.11から10年が経過した地点から振り返って、原発事故に至った経緯を整理した本書
どちらかと言うと、事故後の対応よりも事故前の対応にフォーカスを当てており、東電がいつ頃から津波による原発浸水のリスクを認識し、その対策がなぜ遅々として進まなかったのかがよくわかります
結果として、東電は津波対策を強化しないまま3.11を迎えてしまいました
人災だとか不作為だとか、東電はそのような批判を免れることはできませんが、津波に限らず、発生確率の低い災害とどのように向き合うのか、そのリスク管理の在り方について、災害大国である日本に住む人はみな、自分事として考える必要があると思いました
本書の感想
リスク評価のミス
東電が原発浸水のリスクを認識しつつも、対策を実施できなかったというのは結局、リスクを適切に評価できなかったことに尽きると思いました
通常リスクの大きさというのは以下のような考え方で評価します
- リスクの大きさ=発生確率×影響度
3.11で発生した津波の場合、発生確率はとても低いけど、発生した時の影響度はとても大きいです
発生確率が低いからリスクは小さいよね?とならないことは注意が必要です(東電はまさにこの罠にはまって対策をずるずると後回しにしてしまったわけですが)
この考え方に基づき、リスクを受容した場合の発生費用と、リスクを低減または回避するための対策費用を天秤にかけて、リスクへのアプローチを決めるのがリスク対策です
本書によると、東電原発事故では30兆円弱の費用が、復旧や賠償の今後も含めて発生する予測とのことです
仮に今回の3.11規模の地震が1万年に1回の頻度で起こると仮定すると
- リスクの大きさ=発生確率(1/1000)×影響度(30兆円)=3億円
となります
それじゃあ、この原発事故のリスクを低減・回避するための対策(水密化や電源の高所移設など)にはいくらかかるのでしょうか?1億円?10億円?100億円?
と考えていくのがリスク評価・リスク対策です
上記の数値はイメージを膨らませるための適当な例ですが、東電の原発事故は結果として運良く(もちろん事故後の必死の対応が功を奏した面もありますが)被害を小さく抑えることができた面もあり、リスク評価の段階では影響度をもっと大きく見積もるのが妥当だと考えられます
なお、本書で出てくる事故発生直後に専門家が想定した最悪のシナリオでは、福島第一原発の1号機から4号機の全てが制御不能となって放射能汚染で半径250kmの地域が立入禁止になり、5000万人(日本人口のほぼ半分)の避難が必要となるというものです(下図の円が半径250km、東京も入ってしまいます)
このような事態が発生した場合の被害額は30兆円の比ではなく、この影響度の大きさを考えると、東電は何が何でも原発に対する津波対策を実施しておくべきだったのではないかと思いました
ドライサイトへの固執
で、なんで東電がなかなか対策に踏み切れなかったかと言うと、ドライサイト、つまり原発が全く浸水しないようにする対策に固執したからとのことです
つまり、ドライサイトの対策実施には時間がかかる、今から対策を開始したのではバックチェック(法律や基準が見直されたときに過去に遡って設計等が適合していることを確認すること)に間に合わない、間に合わないと対策不十分ということで原発停止の命令が下るかもしれない、新潟県の柏崎刈羽原発も地震の影響で停止しており東電の収支は悪化している状況下で福島第一原発まで停止したらさらなる経営悪化を招く&電力が不足するかもしれない、とりあえずバックチェックが終わるまでは津波の危険性については気づかないふりをしておこう、という思考の流れです
ドライサイトでなくても、ちょっと濡れてもいいから、最低限の対策だけでも実施してバックチェックに臨めばよかったのですが、不適合を恐れてそれができなかった
安全よりも利益や電力の安定供給を優先したという構図です
こういう品質よりも利益を優先するという構図はあらゆる業種で存在するものであり、他人事に思えない人も多いだろうなと思いました(背筋を正さなければいけない)
原発のこれから
日本はこれから原発とどう向き合っていくべきなのか?
本書を読んでいてそのような問いを自分に投げかけずにはいられませんでした
文脈が複雑過ぎて正解なんかないし、それでも決断しなければいけないとしたら、自分ならどうするかと
ひとつ思ったのが、地球に日本しかなく、他国との競争がないのであれば、迷わず原発廃止したらよいのかな、ということです
結局、経済成長の競争にさらされているから、国力を気にして、原発を手放すことができない
日本がいくら弱っても、誰も攻め込んでこないのであれば、原発をすべて廃炉にすることも可能なのではないかと思いました
ただ実際にはそのようなことはないので、現実解としては、電源の多様性確保の観点から一律の原発廃止はできないものの、外国からの攻撃・火山噴火等のリスクを完全に回避することは不可能なため、世界全体として原発廃炉の機運を高める活動をしながら、諸外国と横並びで徐々に原発の数を減らしていく、くらいしかないかと思いました〆
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