末永幸歩「13歳からのアート思考」を読む

前回のブログ記事を上げたのが7月10日。

3ヶ月以上もブログを更新していないことになる。

別にブログに飽きたとかやる気がなくなったとかそういうわけではなく、単純に本を読む時間などが確保できていないからである。

別に本を読むのが見識ある大人の必要条件である、とまでは思っていないが、それでもやっぱり日常生活に読書は取り入れていきたいと改めて思う今日このごろ。

さて、ということで「「自分だけの答え」が見つかる―13歳からのアート思考」を読みました。

本書で説明される「興味のタネ」「探求の根」「表現の花」という考え方は、アートに限らずどの分野でも通用するものだ。

タネがないところに花は咲かない。

と書いたところで、タネがなくても花が咲く植物はいたような気がすると思い返す。

調べてみると、彼岸花がそうらしい。

正確には種子はあるがそこから繁殖することはなく、球根分裂で増えていくとのこと。球根分裂なので、すべての株は同じ遺伝子だ。

本書で紹介されるアート作品と関連付けると、アンディーウォーホルのブリロ・ボックスのようだ。

Only Oneであることが尊重される世の中において、コピー生成物の彼岸花は何を思うのだろうか。

「私が死んでも、私のコピーはいくらでもいる」

この状況を自分に当てはめて考えてみたとき、言いようのない気持ち悪さというか、それでもやっぱり俺とお前は違うという反発のような感情が少し沸き起こってきた。まぁ、一卵性双生児も多少は同じ状況なわけだが、一卵性無限生児が実現した未来に備えて、彼岸花について思いを馳せてみるのも無駄ではない。ということにして今回は終わりにしたい。〆

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