藤原道綱母「蜻蛉日記」を読む

人生は、あるかなきかの心地する、かげろふの日記(にき)といふべし

ということで平安時代の日記文学、藤原道綱母の「蜻蛉日記(かげろうにっき)」を読みました

成立は974年頃ということで紀貫之の「土佐日記」よりは数十年後の成立になるようです

蜻蛉(かげろう)はトンボに似た昆虫ですが、トンボと比べてとても弱々しく、成虫は数時間から数日の命で繁殖だけを行うことから儚いもののたとえとして使われます

すなわち蜻蛉日記とは「はかない人生の日記」ということです

なんでそんな悲しげなタイトルなのかというと、その内容が「満たされない結婚生活20年の日記」だからです

ただあくまで日記文学であり、「文学」にするためにあえて夫婦生活の不満というテーマを設定して書いているだけなので、実際にそういう気持ちだったかは定かではありません

裏読みすれば、実はただののろけ話という見方もできなくもないと思います

平安時代の格差婚

本書の著者の藤原道綱母と旦那の藤原兼家の出会いは、道綱母19歳、兼家26歳のとき

道綱母の父は地方の長官で、兼家の父は右大臣です

現代風に設定すると、彼女(19歳)のパパは市役所勤め、彼氏(26歳)のパパは内閣の大臣という感じでしょうか

まぁ、要は格差婚です

そういう意味では道綱母は兼家に侮(あなど)られているのかもしれません

だから兼家はわりと好き放題します

男の性(さが)

以下、断りなく現代風に書いていきますが、兼家は道綱母に目をつけた際には、時間を選ばずに家に来たり、電話をしたり、メールをしたりで熱烈アタックです

自分に自信がある男の典型的な行動

そんな強引さに戸惑いながらも満更でもない道綱母はやがて兼家と結婚します

そして妊娠

そして兼家は浮気

これも典型的な自分勝手な男の行動

兼家には他にも女がいますが、パートナーが妊娠すると浮気するのがいつものパターンのようです

要はヤらずにはいられない男なのでしょう

そんな兼家の行動にじっと耐える道綱母

ただ「そんなんだったら離婚だ!」と言える性格でもなく、兼家の浮気相手が自分より身分が低い人だったりしてプライドを傷つけたりします(いやな傷つき方)

毒を吐く女

やられっぱなしの道綱母ですが、憂さ晴らしなのか、全然関係ない人に対してひどい毒を吐くこともあります。

尊王の、ひがみたりし皇子(みこ)の落しだねなり。いふかひなくわろきこと、限りなし。〜今ぞ胸はあきたる。

(あの女は天皇の孫に当たり、世をすねた皇子の隠し子である。言う価値もないつまらぬ素性である。〜胸のつかえがおりて、すっとした。)

有名女優がスキャンダルを起こして大炎上してるのをワイドショーで見て「あれは素性が隠し子だから、しょうがないよね」とストレス発散している感じです(「落し種」という言い方がとてもひどい)

今も昔も、人と比べて一喜一憂するのは、かわらないのだなと思いました〆

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