瀬戸内寂聴「花芯(かしん)」を読む

瀬戸内寂聴さんが2021年11月9日に99歳で亡くなりました

瀬戸内寂聴さんについては「出家した作家さん」とか「家族を捨てて不倫相手のもとに走った」とか、そんなイメージしか持ち合わせていなかったのですが、訃報が公表されるや各社の社説で扱われるなど、社会的にかなり影響力が大きい人物だったのだなと認識しました

ということで、瀬戸内寂聴さんとはいかなる人物だったのか、と気になったので1958年の小説「花芯(かしん)」を読みました

5つの短編小説からなる本書「花芯」ですが、読み終わった際の第一の感想は「なかなか良い小説じゃないか」というものでした

1958年の発表当時は、エロ小説とか子宮作家とか批判を浴び、瀬戸内寂聴さんは文壇界から5年間干された(依頼がなくなった)ようですが、2021年の現代の感覚からすると、そこまで露骨なエロ表現がされているとは思えません(あくまで当時はセンセーショナルだったということなのでしょう)

文芸小説らしく、洗練された文体で描写される世界観がシンプルに美しいと思える小説でした

本書の感想

本書は5つの短編「いろ」「ざくろ」「女子大生」「聖衣」「花芯」からなります

それぞれについて簡単ですが要約と感想を述べます

いろ

要約

母子ほど年の離れた初老の女と青年の愛の物語。女の左半身には硫酸による酷い火傷の跡がある。女は青年の将来を思い、身を引こうとするが、青年の気持ちはぶれることがなかった。やがて女が死ぬと青年は腑抜けになり、後を追うようにして青年も死んだ。その死に顔は、女の後を追える喜びに満ちた穏やかな表情であった。

感想

老い+火傷の跡、という恋愛においては一見ハンディキャップになりそうなものを背負った女でも、愛があれば若い男から愛されるという夢を描いたのか、それともそんな女性を敢えて愛する男の倒錯を描いたのか、どちらなのだろう

ざくろ

要約

夫と幼い娘を捨てた私は、妻子ある男と不倫関係にある。悶々とした日々を送る中、とあるデパートの宝物展で、ある木彫りの女神像に出会う。右手にざくろ、左手に子供を抱きかかえ、ゆるく笑ったその女神像の気持ちがわかるのは自分だけだと、喜びを感じる私なのであった。

感想

「夫と幼い娘を捨て」の部分は瀬戸内寂聴さん自身の実体験に寄るものと思われます

ざくろは赤い種が沢山入っていることから、一般的には子宝の象徴とされるようなのですが、本小説でのざくろが意味するところがそれなのかはちょっとわかりませんでした

Pomegranate

どちらかというと、熟したざくろがぱっくりと割れた際の、むき出しの種子の赤々しいえぐさが、「私」の中に眠る情念を表しているのかなと思いました

女子大生:曲愛玲(チュンアイリン)

要約

先天的娼婦の愛玲(アイリン)とエリートコースで中国の大学教授になった山村みね。みねは愛玲に入れ込んでしまい、その影響で眼を二重に整形したり、愛玲のパシリに使われたりとエリートらしからぬ行動をとるようになり、それを見る私はあわれみを感じていた。そして、やがて愛玲は姿を消し、みねと私の交友もなくなるのであった。

感想

中国が舞台になっているのは瀬戸内寂聴さんが20代の数年間を中国で過ごしたからでしょう

自由奔放・天真爛漫な愛玲がとても魅力的に描かれています

しかしその魅力はある種の娼婦的な魅力に偏っており、そのような魅力は長続きしない(若い時だけ)という予感を感じさせるところが少しもの悲しいと思いました

聖衣

要約

元夫はDV夫。彼の子供はおろした。その夫も今は亡い。夫の死後、その解放感から私は性の喜びに目覚める。やがて私はある男の子供を身ごもる。しかし、その男も余命が幾ばくかという状態である。その男の入院先で子供ができたことを告げ、その足で病院に行き子供をおろした。罪悪感に悩まされる私であったが、数日後、電車の中で黒衣をまとった外国人の尼さん二人に出会う。私は彼女らを前にしてひどく動揺する自分に気づくのであった。

感想

DV夫に抑圧されていた時は子供をおろしても罪悪感を感じなかったのに、心が解放された後に子供をおろした時は罪悪感を感じるという対比の描写が特徴的だと思いました

またその罪悪感も、汚れた私と聖なる尼さんの対比により、より一層強調されていると感じました

花芯

要約

夫の上司に恋をした私。やがて私は娼婦になっていく。

感想

やはり本書のタイトルになっているだけあって、花芯が一番読みごたえがあります

何の話なのか?と問われると答えるのが難しく、要約も上記のように短くなってしまいました(汗)

要約の難しさをわかってもらうために、本小説の複雑な対人関係を図に表してみましょう

はい、地獄絵図です

しかし、この複雑な対人関係こそが、本小説の面白さの秘訣になります

というかそれがすべてかもしれない

話自体は「私」の色恋沙汰がメインであり、「私」の複雑な心的描写が続きます

複雑な対人関係を背景としているため、「私」の心情に共感するのは難しいかもしれません

ちなみに「花芯」とは中国語で「子宮」を意味します

小説内では「花芯」という単語は一度も出てきませんが、小説の終わりの一文を読むと「花芯=子宮」であると想像できるようになっていて、良くできた小説だなと思いました

私が死んで焼かれたあと、白いかぼそい骨のかげに、私の子宮だけが、ぶすぶすと悪臭を放ち、焼けのこるのではあるまいか。

「花芯」の最後の一文

なお、「花芯」は2016年に映画化もされています

瀬戸内寂聴さん本人のコメントは「主人公(村川絵梨)の全裸体の美しさ! 身体を張った捨て身の演技の迫力に感動!」とのことです〆

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